「さぁ、早く!」
白い怪盗が急かすその言葉に、私は頷けないでいた。
飛行船がテロリストにハイジャックされて、どの位の時間がたってしまったんだろう。
目下に広がる海は真っ暗で、底なしの穴のようにも思える。
敵である筈のキッドは、鈴木財閥の娘という事で、特別に隔離されていた園子と
それについていった自分を助けてくれた。
けれど、その代償として、彼の白いスーツの右肩からは、薄く血が滲んでいる。
「鈴木財閥のお嬢様にも出来たんだ。ここから飛び降りるくらい
蘭なら問題ないだろう?大丈夫、ちゃんとパラシュートは開くから」
「だって貴方は残るんでしょ?」
「………ほんの少しだよ。海から救助された蘭達の安全が確保出来る位置まで
移動出来たら俺もここを離れるから」
「だったら、私も残る!私だって少し位なら…」
「だめだ!」
キッドの強い口調に、唇をかみしめる。
そう。
確かに、今回の相手は普通じゃない。
人を殺す事をも厭わないテロリスト達なのだ。
鈴木財閥の選りすぐりのボディーガード達だって敵わなかった。
いかに、私が空手の使い手であったとしても、太刀打ち出来る筈ない。
でも……
「勝利の女神自らあんな無粋な奴らと戦う必要ないさ。
どうかこの魔術師めに、女神をお守りする役をお与え下さい」
大仰な台詞と共に、うやうやしく礼をするキッド。
でも…本当は知っているんでしょう?
今を逃したら、もう、助かる確率なんてゼロに等しい事を。
貴方のその腕では、もう空を飛ぶ事も難しい事を。
私は……貴方に死んで欲しくなんてない!
溢れだしそうになる涙をこらえて、ただ、彼を見つめる事しか出来ない私に
キッドはふわり、と笑いかける。
「じゃあ…無事に戻れたら、女神からご褒美を頂けますか?」
──勝利の女神の唇を
切なげな視線と共に、囁かれた言葉。
その言葉が耳に届いたと同時に、私の腕は彼の首にまわされていた。
そして、その頬に、ふれるかふれないかの口づけを落とす。
唖然として……こんなキッドの顔を見れたのは、もしかしたら
私が初めてなのかもしれない──言葉を無くした魔術師に。
「無事だったら、唇にだってしてあげるわよっ…だからっ……」
お願い、生きて、戻ってきてっ……
もう、とどめる事が出来なくなった涙が、零れ落ちていく。
「女神の祝福を受けたんだ……今の俺は無敵だぜ?」
「……うんっ…」
約束…だからねっ…
優しく涙をぬぐってくれるキッドに大きく頷いて。
全てを飲み込んでしまいそうな、闇の中へと飛び込んだ
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