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■2010.01.17 okimoto

「さぁ、早く!」

白い怪盗が急かすその言葉に、私は頷けないでいた。

飛行船がテロリストにハイジャックされて、どの位の時間がたってしまったんだろう。

目下に広がる海は真っ暗で、底なしの穴のようにも思える。

敵である筈のキッドは、鈴木財閥の娘という事で、特別に隔離されていた園子と
それについていった自分を助けてくれた。
けれど、その代償として、彼の白いスーツの右肩からは、薄く血が滲んでいる。

「鈴木財閥のお嬢様にも出来たんだ。ここから飛び降りるくらい
蘭なら問題ないだろう?大丈夫、ちゃんとパラシュートは開くから」
「だって貴方は残るんでしょ?」
「………ほんの少しだよ。海から救助された蘭達の安全が確保出来る位置まで
移動出来たら俺もここを離れるから」
「だったら、私も残る!私だって少し位なら…」
「だめだ!」

キッドの強い口調に、唇をかみしめる。

そう。
確かに、今回の相手は普通じゃない。
人を殺す事をも厭わないテロリスト達なのだ。
鈴木財閥の選りすぐりのボディーガード達だって敵わなかった。
いかに、私が空手の使い手であったとしても、太刀打ち出来る筈ない。

でも……

「勝利の女神自らあんな無粋な奴らと戦う必要ないさ。
どうかこの魔術師めに、女神をお守りする役をお与え下さい」

大仰な台詞と共に、うやうやしく礼をするキッド。

でも…本当は知っているんでしょう?
今を逃したら、もう、助かる確率なんてゼロに等しい事を。
貴方のその腕では、もう空を飛ぶ事も難しい事を。

私は……貴方に死んで欲しくなんてない!

溢れだしそうになる涙をこらえて、ただ、彼を見つめる事しか出来ない私に
キッドはふわり、と笑いかける。

「じゃあ…無事に戻れたら、女神からご褒美を頂けますか?」

──勝利の女神の唇を

切なげな視線と共に、囁かれた言葉。
その言葉が耳に届いたと同時に、私の腕は彼の首にまわされていた。
そして、その頬に、ふれるかふれないかの口づけを落とす。

唖然として……こんなキッドの顔を見れたのは、もしかしたら
私が初めてなのかもしれない──言葉を無くした魔術師に。

「無事だったら、唇にだってしてあげるわよっ…だからっ……」

お願い、生きて、戻ってきてっ……

もう、とどめる事が出来なくなった涙が、零れ落ちていく。

「女神の祝福を受けたんだ……今の俺は無敵だぜ?」
「……うんっ…」

約束…だからねっ…

優しく涙をぬぐってくれるキッドに大きく頷いて。
全てを飲み込んでしまいそうな、闇の中へと飛び込んだ