快蘭(新)でその他の作品



■2009.03.23 南

オープンテラスもあるちょっと洒落たカフェ。
店内をゆったりと流れる落ち着いたピアノのメロディと清々しいコーヒーの香り。
オレは運ばれてきたコーヒーカップを口に運び、フーッと息を吹きかけた。白い湯気がオレの息に吹き流されて消えていく。一口すすってカップをソーサーに戻すと、オレは窓ガラスの向こうの街並みに目を向けた。

待ち合わせの時間にはまだ15分の余裕がある。
なのに、その僅かな四半時さえ待ち遠しく、そわそわした心地で行き交う人ごみの中に長い黒髪を探す自分がいた。

お互いの知人に出会わないように、米花町からも江古田からも遠いこのカフェを待ち合わせ場所に選んだのはオレ。ヤツのテリトリーで彼女に会いたくなかったし、そのほうが彼女にも都合がいいはずだったから。

道の向こうに待ち焦がれた長い黒髪を見つたオレの心臓は、大きくひとつ飛び跳ねた。風に靡く髪を煩わしげに耳にかけるその仕草ひとつにすら心奪われる。

思ってる以上に重症なのかもな、オレ。

オレは静かに深呼吸した。

今日のオレは、別に、白いシルクハットをかぶってるわけじゃないし、月下に輝く白いマントを靡かせているわけでもない。ここは真昼間のカフェ。真夜中のビルの屋上じゃない。
けど、背筋をむず痒く走る緊張感はデカイ山を控えた直前の時のように、オレを酔わせる。大舞台を前にした役者の陶酔感に似てるな。

それだけ、重要なんだ。
この役が。
オレにとって。

そう、今日のオレは――――.
私服を着たごく普通の17歳。
江古田高校に通うただの男子高生で、
黒羽快斗という名の彼女の友人。

そして、

彼女の幼馴染で高校生探偵、工藤新一――――の、『代役』。

オレはゆっくりと、胸に吸い込んだ息を吐き出した。



さあ、ショーの始まりだ!








自動ドアをくぐり、キョロキョロと店内を見回す彼女の目に留まるように、オレは挙げた手をヒラヒラと振った。

「蘭ちゃん!こっち!」

彼女は自分の容姿が人目を引いていることも気付かずに、真っ直ぐにオレの座るテーブルを目指して歩いてくる。
「早いね。…快斗君」
彼女はテーブルの向かいの席に腰かけた。
「ちょっと早めに着いちゃってさ。蘭ちゃん、なにか飲む?」
「えっと…じゃ、ミルクティー」
そばを通るウエイトレスを呼び止め、オレはミルクティーをオーダーした。
その間、彼女のクリッとした大きな瞳が瞬きもせずオレを凝視する。
「なに?どうかした?」
食い入るように見つめる彼女の大きな瞳には、オレの姿が映っていた。
まるで、真実を見抜く深い紫の水晶玉の中に自分の姿が映し出されているような気がして、急に居心地が悪くなったオレは慌てて居住いを正した。
「蘭ちゃん?」
何を思ったのか、彼女は突然テーブル越しに手を伸ばしてきた。オレの左右のほっぺたをギュッと摘み、そして――――思い切り引っ張った。

「ちょっ…蘭ちゃん!!いひゃい…!いひゃいっへ…!」
「やっぱり本物なんだ…」
「ひぇっ?」
「あっ…!ごめんなさいっ!」
彼女は慌てて手を離した。
「ひでーな、蘭ちゃん…いきなり…」
オレは痛みの残る頬をちょっと大げさに擦ってみせた。
「だって…これも変装なのかと思って……本当に、ゴメンナサイ!」
彼女は顔の前で両手を合わせると、大きく頭を下げた。

ああ、そうか。

「快斗君が…キッド…なんだよね?」
オレはニッコリと微笑んだ。
「そうだよ」
「この姿は本当に変装じゃないの?」
「変装なんかしてないって。これがオレの素顔。…って、蘭ちゃんもう何回目だよ、その質問」
「だって…」

あまりに似てるから…?
アイツに?

「そんなに似てる?」
「えっ?!にっ…似てないよっ…全然…」

慌てて小さくかわいらしい顔の前で否定するように手を振ってるけど…。
まだ、『誰に似てる』とも言ってないんだけど…オレ。

正直なんだか、嘘つきなんだか。

どんなにうまくアイツに変装したところで必ず見破ってしまう彼女の前でアイツに変装しようだなんて野暮なことは思わない。彼女が望んでいるのは工藤新一に変装したオレじゃない。工藤新一の面影を思い出させてくれる存在――――であるところの「オレ」なんだから。

だから、髪型にすら手を加えることはない。素顔のままのオレ。けれど選んだ服装は彼女の好み…というか、工藤新一に似合いそうなブルーの細いストライプシャツにオフホワイトのジャケット。話す口調は普通の高校生黒羽快斗のものだけれど、時折見せる仕草や彼女への気配りは工藤新一のものだ。

この役どころの一番難しいところは、代役を完璧に演じてはならないこと。工藤新一の代役を演じていると彼女に悟られないように演じること。それが彼女がオレに望んでいることだから。そんな役、どんなに上手く演じたところで、所詮、悲しいピエロにしかならない。そんなこと、オレにだって分ってる。

彼女を笑顔にすることだけが使命の道化師。
それでいい。

どうせ、ヤツが戻ってくるまでの束の間にすぎない。
これは…工藤新一が帰ってきたら消えてしまう淡い夢。
そんな儚い夢の中だけでも、彼女に逢えるならそれでいいと思ったんだ。

アイツがいない間ぐらい、オレが代役をしても許されるだろ?

取り戻したいんだ。
彼女に陽だまりのような笑顔を。
支えてやりたいんだ。
月夜の陰で隠れて泣いてる彼女を。
守ってやりたいんだ。
強がりで…いや、実際に強いんだけど…。
実は折れそうに弱い部分を隠し持っている彼女を。

そう。
月下をホームグラウンドにするオレだけが知っている彼女がいる。
どうも、夜の闇と月の明かりは彼女を泣き虫にするらしい。



運ばれてきたミルクティーに砂糖を入れ、彼女は上品に添えられていたティースプーンで掻き混ぜた。口元にカップを運び、おしいそうに一口飲む。彼女は音もなくカップをソーサーに戻した。

「快斗君は…ちょっと癖っ毛なんだね」

誰と比べて?
…なんて、自虐的な質問が頭に浮かぶ。

「あ、これね。生まれつきなんだ」

そう、だから、工藤新一に変装するときは実はかなり苦労する。アイツ、サラサラの直毛だしな。天然の癖っ毛を伸ばしてストレートにするのって結構手間がかかるんだぜ?カツラを使えばそりゃ楽だけど、「使える物はできるだけ自前のモノを利用する」それがオヤジに教わった変装術の極意のひとつなんだ。
それに、最近は中森警部もすぐひとの頬やら鼻やら引っ張って変装を暴こうとするから…覆面技術もなかなか頻繁には使えなくなっちまったよな。

「ねぇ…なんで快斗君はキッドなんてやってるの?一体どっちが本当の姿なの?」
「蘭ちゃんってば、いきなり直球な質問を…」

裏のある質問じゃない。
きっと彼女は純粋に知りたいだけなんだろう…オレの正体を。
それって…少しはオレに関心がある…って、勘違いしてもいいのかな?

オレはほんの少しだけ口元を緩めた。

「最初の質問にはノーコメント。どっちが本当かは…快斗…だと思ってるけど、どうかな?怪盗キッドもだいぶ性に合ってるしなぁ」
「家業なの?」
「へっ?」
「父親から引き継いだ仕事だ…って言ったから…」

あー。
なんか、そんなこと漏らしちまったような気もするな。

「ああ、ま、確かにそうなんだけど…。家業なのはこっち」

オレは彼女の目の前に握りこぶしを突き出し、その上に手短にあったお手拭のタオルをかけた。そして、呪文をかけるように吐息を吹きかける。
「One・Twe・Three…」
カウントと同時にタオルを取り去ると、一瞬にしてベビーピンクの可愛らしい小さなバラが現われた。
「わあ…すごい!どうやったの?」
「それは、企業秘密ですよ、お嬢さん。さ、このバラはあなたに差し上げます」
オレは軽くウィンクして、彼女にバラを手渡した。
バラに結んだ細い紐に彼女が気づく。オレはニッと笑って、その端をスルスルと伸ばした。すると、手の中から小さな万国旗が次々と顔を出した。
彼女の顔がパッと明るい笑顔で満たされる。
「素敵っ!」
「うん。その方が似合ってる。蘭ちゃんは笑ってる方がずっといいよ」
「えっ…?」
「キッドと…月の下で会う時は、いつも泣いてたからさ」
「わたし、そんなに泣いてたかな…」
「泣いてたよ…」

だって、聞こえた。
あの日はいつもなら開放感を感じるはずの星空が、悲しみに満ちていて重かった。背中のパラグライダーが嘆くような音で風を切った。
そして、聞こえたんだ。
空を飛んでる俺に聞こえるはずのない、小さな泣き声が。

そして、オレは舞い降りた。
泣いているキミの目の前に。

その2度目の邂逅が偶然なのか、なにかに導かれたのか、オレは知らない。
でも、信じるなら運命を信じたい。
キミとヤツが幼馴染に生まれたことに意味があるなら、キミとオレのこの出会いにもきっとなにか意味があるんだろう。

「快斗君…。なんで…わたしに…。わたしなんかに正体を明かしたの?」

彼女があまりに真面目に聞いてくるものだから、思わず真剣に答えそうになった。

キミに惹かれたからです。

キミと秘密を共有するとこで、
繋ぎとめたかったんです。
キミを。
ボクに。

…なーんて答えたら、もう二度と会っちゃくれないだろうな。
キッドとしても。
快斗としても。

オレは熱の去ったコーヒーを、一口飲み下した。

「理由が必要?」
「必要ってことじゃ…ただ…どうして、わたしなんだろって思って」

そんなの、オレが聞きたいよ。
誰に聞いたら答えを教えてくれんだろーな。

かつてなく心惹かれる女性が…
なんでよりによって、アイツの女なんだろう?
今更オレの入る余地なんてないほど、二人の絆は強いのに。
どうしてオレはそんな彼女に振り向いて欲しいと思うんだろう?

これは、罰なのか?
怪盗を続けるオレの罪が呼んだ――――天罰。

オレはそんな想いを押し殺して、勤めて明るい声を出した。

「なんだろ?たまたまじゃない?オレもさ、いい加減、誰かに打ち明けたかったんだよね、怪盗キッドの正体。秘密を共有できる友達が欲しかったと言うか…。だから、屋上にいた気の強い泣き虫さんがちょうどよかったってわけ。蘭ちゃんなら…口が堅そうだったからね」
「それって…わたし、信用されてるってこと?」
「してる、してる。めちゃくちゃ信用してるって!」
「本当かなぁ〜」

彼女は疑わしそうに上目遣いでオレを睨む。
子供じみたそんな表情も彼女を可愛らしくみせる。

「それにさ、蘭ちゃんが人に知られたくないと思ってるところ見ちゃったから…その代償。オレだけが蘭ちゃんの弱みを知ってるの、フェアじゃないだろ?」
「……快斗君が言うと…なんだかちょっとエッチな話に聞こえるんですけど…」

ちょっと赤くなりながら、彼女は口を尖らせた。
窄められた艶やかな唇が、まるでキスを強請っているようで…。
ちょっと、ドキリとした。

「あはは。ひでーな、蘭ちゃん」
「そりゃ、屋上で泣いてたことは他の人に知られたくないけど…」
「蘭ちゃんが独りで泣いてんのは、あの小さな探偵君も知らないんだろ?」
「コナン君のこと?コナン君は…知らないと思うよ。…どうして?」
「いや……」

アイツが知らない、オレたちだけの秘密。
そんな些細なことに感じる僅かな優越感にほくそ笑む。

浅ましいよな。
二人の間に入る余地はないと分っていても、彼女の心の隙間のどこかに入り込んで居座りたいと思ってんだからさ。

「…なんでもない。あのボウズ、蘭ちゃんが泣いてるの知ったら、スゲー心配しそうだなぁ、と思ってさ」
「うん。だから、コナン君には気づかれないように抜け出してるの、いつも」

『コナン君には』…か。
それって…『新一には』って言ってるように聞こえるよ。

いや、実際、彼女は潜在意識の中では気づいてる。
江戸川コナンの中に工藤新一の匂いを感じ取ってるはずだ。

今まで何度も彼女の周りの人間に変装した。そのたびに彼女を観察して、気づいた事がひとつある。
あの小学生が自分の視界から消えると、彼女は急に不安げな表情になる。友達や知人と話ていても、視線を泳がせてヤツを探す。見つけて視界の片隅に収めると、あからさまにホッとした表情に変わる。
多分、その一連の動作は意識されたものじゃない。
彼女は保護者意識かなにかと勘違いしているかもしれないが、その視線には明らかに義務感以上のなにかが覗いてる。

「これ以上コナン君に心配かけられないよ。コナン君の前でわたし、何度も泣いちゃってるし…。おかしいよね、コナン君、まだ小学生なのに…頼りにするなんて」

些か工藤に同情した。
好きな女に目の前で泣かれても、差し伸べる手のないアイツに。

「ま、いいんじゃね。あのボウズ…なんつーか、ホラ、精神的に(かなり)大人みたいだし…。ゴホッ…」
笑えない事実が、オレの気管に絡まった。
「咳?喉…大丈夫?」
「ああ…ちょっと咽ただけだから…コホッ…」
「そう言えば……」
彼女がなにかに気づいたように、僅かに瞳を見開いた。
「なに?」
「あ…やっぱり、いいや」
「なんだよ、蘭ちゃん!気持ち悪いなぁ。言ってよ」
「……えっと…大したことじゃないんだけど…」
「じゃあ、言ってみてよ」
「んっと……怒んないでね?」
「蘭ちゃん、勿体つけすぎ!」

「快斗君とコナン君って…どこか似てるなぁ…って」

……………。

なんつーかさ、こう…リアクションのしづらいこと言ってくれるよな。
ま、そもそも、オレの顔の造作が工藤のそれと似てて、あのガキは工藤の幼少期に瓜二つなんだから、そりゃ、どこか似てておかしくねーよな。
オレとあのクソガキ。

けど、そんな事実、受け入れる気なんてさらさらないので、反論してみる。

「似てねーよ。オレの子供の頃の方がもっとずっと可愛げがあったね!第一オレ、あんな目つき悪くねーし!」
「あはは…。快斗君、言い過ぎだよ。コナン君、ちょっと大人びて見えるけど、結構子供っぽいのよ?可愛い顔だって沢山するし」
オレはぶっきらぼうに答えを返した。
「そりゃ、蘭ちゃんの前でだけだぜ、きっと」

小学生のフリして、調子よく甘えやがって…ノヤロッ…。
なんだかんだ言って、上手く立ち回ってんじゃねーか。
大体、板につきすぎなんだよ、小学生が!

と、内心で悪態をついたのだが…。

そういや、、「ジョゼフィーヌ」の舞台裏に侵入した時は見モノだったなぁ…。侵入っつーか、工藤新一の姿で堂々と出入させてもらったんだけど。
あのときは――――笑えたな。

……ぷっ。くくくっ…。

彼女のワンピースの裾に縋りついて「僕も行く!」と駄々をこねた少年。
ありゃ確かに子供っぽくて可愛かったよな、うん。無駄に過剰演出だったしな。
オレと彼女を二人きりにさせたくなくて、相当ムキになってたよな、アイツ。

思い出して、思わず堪えきれない笑いがオレの肩を揺らした。

「快斗君?」
肩を竦めて笑いを堪えるオレを、彼女は何事かと心配して覗き込んだ。
「ゴメン、なんでもない…。ちょっと…思い出し笑い」
彼女の心配顔が急に呆れ顔に変わる。
「もう〜!急にどうしたのかと心配したじゃない!」
「ゴメン、ゴメン。あ、蘭ちゃん…そろそろ時間じゃん?」
「えっ?」

オレは彼女の怒りを逸らせるように腕時計に目を落とした。
彼女も左手の腕時計を確認した。

「あ、本当だ」

時刻は約束の映画の上映時間10分前。
テーブルの上のレシートに手を伸ばしたオレに、彼女は「自分の分は払うから」と言って微笑んだ。「わたしたち学生なんだし」と付け加えて。
工藤にだったら、素直に奢られるんだろうか?…と、埒もないことを一瞬考えた後、オレはレシートを握り締めた。

「ここの分だけ奢らせてよ。男のプライドだから」

彼女はちょっと困った顔をしたけど、コクンと小さく頷いた。

映画館までの道のりを二人で歩き始める。
店の外に出て、人ごみの中を歩き始めると分る。
彼女とオレの肩の間の距離、約30センチ。腕を組むことも手を繋ぐこともない。
それがオレたちの関係。
無理に距離を縮めようとすれば、きっと彼女を傷つける。
だからこの距離が縮まることは決してない…。

求めても祈っても、決してそれが与えれる事などないのに。
分っていても、離れることができない。

大きなスクランブル交差点の信号待ち。
人ごみから彼女を守るように、オレは彼女の一歩前を歩き出した。
交差点の真ん中で、ふとジャケットの裾が引っ張られた。
振り向くと、彼女がオレのジャケットの裾を握っていた。

「ゴメン、快斗君。手、繋いでもいい?見失いそうで…」

「えっ?」

下心のない彼女はさらりと難しい事を言う。

キミと手を繋ぐ。
ただそれだけのことが、どれほどオレの胸を苦しめるのかキミは知らない。

キミはとても純粋で――――そして、少しだけ残酷。

「あ…ああ、そう言えば、誰かさんは『超』がつくほど方向音痴だったっけ…」
「ほっ…方向音痴は関係ないでしょ!今は!…ちょっと…人が多いから…」

上着の裾を握る手を外し、オレはそのままその手をそっと掴んだ。
絶対に取る事はないと思っていた、その掌を優しく包む。
生まれたてのひよこを包むように、そっと。

「ね。なんで快斗君がそんな事知ってるの?わたしが…その…方向音痴って…」
「キッドの情報網を舐めないでください、お嬢さん。オレが蘭ちゃんのスリーサイズまで知ってることもお忘れなく」
「……エッチ…。お願いだから誰にも言わないでよねっ」

土下座されたって教えねーよ。誰にも。

映画館まで数百メートル。


その間、
オレは甘美な温もりを握り締めた。





☆     ☆     ☆     ☆     ☆





「快斗君とコナン君って…どこか似てるなぁ…って」

そう言ったのは、顔の造作の事じゃないんだけどな。
彼は鼻が似てるとか、口が似てるとか、見た目の事を言ったんだと思ったみたい。それならそれでもいいや。無理に聞き出したいってわけじゃないもの。

似ているのは――――。

その背後に、なにか大きな秘密を隠しているかのような、その気配。
怪しく危険な影とたった一人で戦う孤独な戦士のような、張り詰めた緊張。

とても優しい背中をしているのに。
近づくと淋しげな香りがするのはなぜなんだろう。

大勢の人が一度に行き交うスクランブル交差点。

信号が切り替わると同時に、人の波が押し寄せる。
交差する人影に埋もれ、彼の背中が一瞬目の前から消えそうになった。

「あ…」

行かないで。

心細い不安に駆られて、わたしは衝動的に手を伸ばした。
気付いたら、わたしは彼のジャケットの裾を握っていた。
振り向いた彼は、意表を突かれたような……ちょっと驚いた顔をしていた。

急に、それがとても大胆な行為だったように思えて、わたしは慌てて取り繕った。

「ゴメン、快斗君。手、繋いでもいい?見失いそうで…」

彼の背中を見失う。
その事が、無性にわたしを不安にさせた。

彼がまた孤独な戦場へ飛び立ってしまうから?
自分がまた独り置き去りにされてしまうから?
分らない――――。

彼はジャケットを掴んでいたわたしの手を外し、そのままその手を握り締めた。
掴まれた手の力強さに一抹の不安はかき消される。

彼の手はひんやりと冷たくて。
華麗な手品を披露するあの器用な手とは思えないほどぎこちない。

でも、その手のひらから伝わってくるものは、間違えようのない彼の優しさ。



わたしは彼の手を少しでも温めるように
そっとその手を握り返した。







(企画投稿時の作者様あとがき)
LOVE SICK 2 開催おめでとうございます!

そして、こんな素敵な企画を起こしてくださり、かつ、
このようなつたない作品を受け取ってくださった主催の方々に深く御礼申し上げます。

「おい、テーマ『冬』はどこにいった!」というご指摘や「快蘭じゃなくて、蘭←快じゃね?」なご指摘など、いろいろのある方もいらっしゃると思いますが・・・、申し訳ありません。
諸事情により机の奥から引っ張りだした、かなり場違いな作品での投稿となってしまいました。

しかしながら、参加できて本当に嬉しいです。
ありがとうございました!
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2008年冬に開催されていた
快蘭冬企画「LOVE SICK2」さんより、作品を移行させていただきましたv