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■2007.01.29 ななみん
※2006年夏、大阪で上映された3D作品『コナンVSキッド 漆黒の狙撃者』の
ストーリーからの妄想です。ネタバレが困る方はご注意下さい。
脱出速度 escape velocity(逃脱速度とも言う)
物質が天体の引力に打ち勝って飛び出せる限界速度。
『夏の花火』
どういうわけかあの小さな探偵クンとオレとは運命的に出会ってしまうらしい。夜空で風に乗っている時、偶然見かけるなんてな。しかも相当に探偵クンは危うい状態で、その影は棒切れのようなもので探偵クンの頭めがけてそれを振り下ろし…………。
そういうシーンに出くわして見過ごせるわけもなく救いの手を差し延べる。かっさらうようにして探偵クンを空へ舞い上げた。
やれやれ。間一髪。
気を失っていた彼が空中で目覚め驚く。更にオレがいるから驚く。そのオレに抱えられているから開いた口が塞がらない。
この偶然にワケを聞かれようとも答えられそうにない。人が人を助けるのに理由なんてない。
いつも彼が愛用する時計型麻酔銃を彼めがけて発射。瞬時にそれは効く。深い眠りの中でさて、どんな夢を見てるんだろうか。
何せ頭を強打しているはずだ。眠っている彼を病院前に置いて、オレのお節介はここまでに………、そう思った瞬間、オレは自分のバカさ加減に笑った。
彼の暮らす毛利探偵事務所をわざと避けようなんてな。オレらしくもない。そんなに彼女に会うのが怖いのか?
自問する。
彼女に会うと心ごと奪われるとでも?
否定できない。
揺れる心、ためらう衝動。
大丈夫だ。自分で自分を抑えられるさ。ポーカーフェイスだって平気だ。自分自身を騙す事だって簡単。
夜空に星。生ぬるい夏の夜風。
オレはもしかしたら煽られたいのかもしれない。
そこへ。ヒューっと音がして、パッと空が明るく染まる。
ああ、打ち上げ花火。ひとつふたつみっつ……。
鳴り響く音は心臓にまで飛び込んでくる。
パンパンッと激しい音が静寂を隠し、オレの心があらわになっていく。
いいんじゃないか? 言い訳だってある。
会うことは罪じゃない。
オレはオレに言い訳をしながら、もう一度探偵クンを抱え上げた。
こんなところに置き去りにするよりも、大好きな蘭姉ちゃんの元に届けてあげるよ、探偵クン。
空中から携帯を取り出し、彼女にコール。
「やぁ、こんばんは、お嬢さん」
息を呑む音だけが返って来た。
「怪盗キッドが大事なものをお届けにあがりました」
「……キッド? って、えっ!?」
「さぁ、今から3つ数える間に外に出て」
そう言うと先に彼女の部屋の窓が開き、ちらりと彼女が顔を覗かせた。よし、こっちこっち。オレはここにいる。
そうしてこちらを確認した彼女は携帯なんてそのままで外へ飛び出してきた。お出迎えをありがとう。
「こ、コナンくん!?」
抱えた探偵クンを見て驚く瞳がまん丸だ。
「たまたま通りかかってね。怪我してるみたいだから手当てをヨロシク」
「あ、ありがとう。でも、どうして?」
「別に理由なんてないけど、ホラ運ぶから家に通して」
「大丈夫よ、わたしがっ!!」
と言われても気を失う探偵クンはそれなりに重いから。
「毛利探偵は? 来て運んでもらう?」
「お父さんは今日は出かけてて」
「こんなに遅く?」
「……まぁね」
「じゃ、やっぱりオレが運ぶ」
もう強引に家に入り込む。すでに準備されていた彼用の布団に寝かせ「それじゃ」と玄関で手を振ったオレを、彼女はどうやら外まで見送ってくれるらしい。一緒に外に出た。
「ほんとにありがとう。あの……変なこと聞くけど、それがキッドの素顔?」
「あ…、さぁ、どうかな?」
「何度か会ってるよね?」
「そうだね」
「何度も、だよね?」
「そうだね」
あんまりマジマジと彼女がオレの顔を見るから、
「誰かに似てる?」
なんて意地悪な質問。
「えっ!? ううんッ」
必死でかぶりを振るけどバレバレだって。
間違ってオレにそんな恋する視線浴びせかけないでくれよ? 勘違いするからさ。
「じゃ、なんでそんな目で見るんだ?」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「まるでオレに惚れたって顔してる」
「ち、違うっ!!」
「……わかってるって」
「え?」
「でも、オレの顔見て違う奴を思ってるだろ? それってなんか悔しいっていうか。オレはオレを主張したいって言うか。なんかもうよくわかんねぇや」
オレは一人吐き捨てた台詞を空に向かって投げかけていた。
ああ、もう一度、オレの背中を誰か押してはくれないものか。
奇跡が起きるって言うんなら、今一度打ち上げ花火よ、上がれ。
…上がらないなら上げてやれ。
オレは密かに仕込んでいた打ち上げ花火の一本に自ら火をつけた。
ヒューッ、ドーン。
鮮やかな大輪が今真上の夜空で踊る。二人だけの花火。
「はっ、花火!? えーっ!! なんでぇ!! キッドの仕業なの?」
驚き目を丸くする彼女のその表情が好きだ。オレは彼女を困らせたいのか。戸惑う色が見たいのか。
「工藤新一、一時期一世を風靡した高校生探偵。なりを潜めて今はどこで何をしているやら。その推理劇の大胆なこと、沈着冷静なこと。そんな彼の一番の弱点は君、幼なじみの毛利蘭。大人顔負けの名探偵の彼が君に対してだけはシャイで本心など片鱗も見せず手も出せないでいた。……そう、彼はオレじゃない。どんなに顔が似ていても彼はオレじゃない。オレはそんなにシャイじゃない」
捕まえることなんて簡単だ。どんなに彼女が空手の名手だとしてもだ。この顔を持ったオレを彼女は「悪い奴」に変換できないだろう。
細い腰を引いて彼女のくちびるまで数センチ。目の前の瞳にしばし夢を見る。──と、その瞳にうっすら涙が浮かび、その表情は悲しげで──、オレの胸は締め付けられた。
…手を出すなんて簡単だと踏んでたのにな。
くちびるを奪うことすら出来ないなんて。
悔しくて仕方ないからただ抱きしめた。
この場合、その行為のほうが洒落にならないんだと気づいたのはあとになってからで。
声にならない声を聞いた気がする。
その瞳が語る。本当に新一じゃないの?と。
オレは彼じゃない。オレは、オレは──。
「オレは怪盗キッド。人のものを盗むことを生業としている、今のところ」
我に返った彼女が目を見開く。
「オレはつまり工藤新一じゃない」
「あなたは、誰?」
「オレは黒羽快斗」
「それが本当の名前?」
「そ」
もうこれ以上は話さないほうがいい。彼女の顔を見ないほうが身のためだ。オレは踵を返す。
「それじゃ」
もう振り返らない。そう決めた。
抱きしめた時の彼女の肌の温度ならまだこの掌に残っている。
素顔を明かした。名前を明かした。
そして。
心まで明かしたら、もうおしまいだ。
もうオレに手持ちの花火は、ない。
それでも彼女を見ていたくて、それでも彼女に会いたくて。
手持ちに小さな線香花火。一人でゆっくり火の玉を見る。
夜空に大きく羽ばたかなくても、ま、いっか。
自分に嘘をつこう。限界まで。
そうして会いに行こう。
別にいいさ、友達で。
恋人になれないなら、一番親しい友達になってやる。
限界速度が来たら、それはその時──。
零れるように線香花火の火が落ちた。
Fin
(管理人より)
再び、ななみんさんがイベントで
配布されていた作品をいただきました。
(※2006年8月のインテックス大阪でのイベントより)
だって、これがイベントだけだなんてもったいない!!
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