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快蘭(新)でその他の作品
■2006.06.01 ななみん
『その気持ちの名前』
俺はこの気持ちに名前をつけない。
俺のために、そして君のために。
最初はそんなつもりじゃなかった。こんなことになるなんて思っちゃいなかった。
彼女の名前は毛利蘭。幼なじみの高校生探偵工藤新一は俺の天敵だった。小さな名探偵だったときからずっと。
情報通の俺だから、彼女とアイツのことは一番の理解者だくらいの自負はあった。てっきり元の工藤新一を取り戻したら、即二人はくっつくものと踏んでいたのに、何を考えているのかアイツはことを起こさなかった。余裕ぶっこいてんなぁ…。どれだけ彼女泣かせてどれだけ待たせてどれだけ俺が気を揉んだと思ってんだ。と憤りさえ感じて、つい手を貸したくなってしまった。
なんでだろうなぁ…。多分彼女に笑って欲しかった、心から。ただそれだけだったんだ。そんなことから俺は彼女に近づいてしまった。
見目がアイツに似てるから彼女はまんまと罠にかかって、俺はちゃっかり彼女の「お友だち」という位置を確保した。黒羽快斗として。彼女にもキッドであることは当然内緒だ。
気安く電話できるくらいに俺たちは「お友だち」だった。
「今日休みだよな? アイツは?」
「いないよ…。昨日から事件に捕まってる」
「あ、また?」
「うん」
「何してる? 今」
「別に…何も」
「暇?」
「うん、暇」
「じゃ、映画でも行こうか?」
「そだね」
そんな休日を何度か過ごした。アイツの代わり。彼女を慰めて、…彼女に笑って欲しかったから。
「快斗くんってさ、いつでもアイツはアイツはって聞くよね?」
「そっか?」
「新一がいない時に電話してくるよね。それって偶然?」
「…だよ」
「快斗くんっていつも暇なの? …なわけないよね?」
「暇だよ。すっごく暇。蘭ちゃんのためならいつも暇っ!!」
「んもう、茶化してばっかり」
「ねぇ、なんでそんなに…………」
言葉を濁すから気になる。聞きにくいことなのか?
「何?」
「ううん、いい」
「気になるだろ? 何? 言ってみ」
「快斗くんはなんでわたしにそんなに優しいのかなぁってね…」
「そりゃあ、決まってるだろ?」
「……え?」
「友だちだから」
「………そっか。ふーん…快斗くんて友だち思いなんだ」
「へへ、だろ?」
無理してなんかない。俺は彼女の友だち。それだけ。それでいい。
人ごみの中を二人歩いていると、不意に彼女が歩道から車道へ逸れて、そこへトラックが後ろから突っ込むのが見えて──。
「危ないっ!!」
俺は彼女の手を引いて両手で彼女を抱きとめた。
何事もないように通り過ぎるトラックを横目で見る。
彼女はまだ俺の腕の中。抱きとめただけだったのに、思わず腕の力が増して、気づいただろうか、今俺は彼女を抱きしめていた。
「…あ、ありがと」
腕の中で彼女が言う。
「うん。大丈夫?」
「大丈夫」
「そっか。よかった」
でも、俺は離したくなかった。
彼女とアイツを結ぶ恋のキューピッドになろうだなんてなんで思ったんだろう。
友だち? それだけでいいだって?
嘘だ。そんなの嘘だ。嘘だ嘘だ。
もうとうに気づいてた癖に認めずにいた。諦めていた。
「快斗くん?」
彼女の瞳に俺は映っているのか?
「アイツじゃなきゃダメなのか?」
「…え?」
「もう俺にしとけば?」
何を言い出してるんだか。笑っちまう。
彼女が誰を選ぶかなんて知ってるくせに。そんなに傷つきたいのか?
「ごめん…ね」
ほら、やっぱりな。わかってたことだろ?
「新一が好きなの…」
キツイなぁ、その口からはっきりそれを聞くのは。
「幼なじみで同級生でずっとずっと小さい頃から一緒で。新一が好きだった。ううん、今も好きなはずなのに」
え?
「なんで快斗くんはそんなに優しいの? 快斗くんの優しさはわたしには毒だわ。いつも、一人でいたくないときに電話してきて連れ出してくれる。そばにいて欲しい時にそばにいてくれる。…ねぇ、どうして?」
……揺れる瞳が目の前にあって、俺は答えを探す。
答えはどっちだ?
俺はどっちを選べばいい?
「どうしてってさ、決まってるだろ? 俺が蘭ちゃんアイシテルからに決まってんじゃん」
茶化して終わり。それでいいや。そう思ったのにな。
「また冗談? いっつもそうやってはぐらかすのね」
「だって。大事にしたいんだろ? アイツへの気持ちを。諦めたくないんだろ? まだ」
「………………なんでもわかっちゃうのね」
「だからまだ俺はこの俺の気持ちに名前をつけない」
「まだ?」
「ずっとかもな。蘭ちゃんが笑ってたらそれでいいや」
腕の中で彼女が泣き出す。人ごみに押されながらも抱きしめて離さない。むしろ人ごみが二人を隠してくれた。
笑って欲しいと願っていたのに結局俺だってこんなふうに泣かせてしまっている。何やってんだか……。
見上げた空が青かった。太陽の光が眩しかった。目にしみて痛かった。冬の日の陽射しの中、二人、ずっとそこでそうしていた。
***
そんなことがあったから眠れない日が続いていた。
何度も思い返す、あの日の彼女の言葉、そしてぬくもり。ギリギリのところで保った俺の心。
けれど苛立つ。結局のところ、アイツ工藤新一にいらついていた。
寝不足で思考が鈍っていたからかもしれない。恋のキューピッドのつもりの俺は当然アイツの「お友だち」という位置も確保していて、俺はアイツの家へ走った。何一つ前置きもなしに詰め寄ってしまう。
「オイ、新一。いい加減にしろよっ!!」
「何だ、いきなり」
「蘭ちゃんのことだよ。いつまではっきりさせねぇんだよっ!!」
「へ?」
「ちゃんとしろよ、ちゃんと。二人とも好きなら、もう早くちゃんとしろっ!!」
「なんでお前がそんなこと言うわけ?」
「なんでって、そりゃ……」
「蘭が心配か?」
「……ま、どうせ俺は部外者だし、口出しする権利なんてねぇけど」
「……お前、蘭に惚れてるだろ?」
「えっ!?」
「うわ図星」
「んなことはどうでもいいだろっ!!」
「…知ってるよ。俺がいない時蘭のそばにいることも。一緒に遊びに行ったりしてんだろ?」
「そりゃあ、お前が事件事件って蘭ちゃんほっとくからだろうがっ」
「うん、そうだな」
「そうだなってお前なぁ!! ちょっとは焦れよっ!! 余裕たっぷりってか?」
「…余裕なんてねぇよ」
「じゃあ、なんだよ!? なんでちゃんと言ってやらない?」
「──事件事件って言ってる半分は嘘。本当の行き先は病院だ。多分薬の後遺症なんだろうな。…心臓疾患」
「え!? なんだそれ。…だから蘭ちゃんには心配かけたくないってそういうことか?」
「それに……」
「まだあんのかよっ!!」
「俺って結構恨まれてるらしい。ってーか端的に言うと命狙われてる。日々危険だ」
「はぁ?」
「工藤新一に戻ってからヤバイことが度々あって、心臓のせいで体力も落ちて。正直、俺、今蘭を守る自信がないんだ。だから何も言えねぇな、今は。この先ずっとだったら嫌だけどな………」
「………そういうことは俺じゃなく彼女に言ってやれよ」
「言えるわけねぇだろ?」
「どうして!? 彼女ならきっと…」
「また待っててくれって言うのか? あんな待たせて、またこれからも待っててくれって。んなこと、言えるわけねぇだろ!?」
「けど、でも、彼女はお前が…」
「俺と蘭は幼なじみの同級生。それ以上でもそれ以下でもない。…それでいい。もうそれでいいんだ」
「────じゃあ、俺が掻っ攫ってもいいんだな?」
俺のその一言で新一は背を向けた。
本当は俺の胸倉掴んで交戦したいくらいの気概はあるはずだろ? 知ってるさ、それくらい。お前が彼女を想う気持ちの深さときたら底なしだ。そうだろ? バカみたいに彼女のことが好きなんだろ?
こんなことなら関わったりしなきゃよかったのに。バカは俺だな。
その足で向かった先は毛利探偵事務所だった。
雨が降ってきた。冷たい雨だ。寝不足気味で半分夢を見てるみたいな俺だから出来た荒業だったのかもしれない。
携帯で彼女を呼ぶ。
「何してる?」
「…え、別に何も。ぼーっとテレビ見てただけ」
「雨だよ」
「えっ、嘘!!」
「窓から外見てみろよ」
そうして見上げた窓に彼女のシルエット。こちらに気づいたみたいだ。俺が手を振ると驚いた顔をしてそこから姿を消した。
…俺のために駆けてくれるんだ。そっか、そんなことでもこんなに嬉しいんだ。相当だな、俺。
傘を持って彼女が駆け降りてきた。その傘を俺にさしかけながら、
「どうしたの?」
と笑う。
「いや…なんでもない。ただ、ちょっと」
「ん?」
「蘭ちゃんの顔が見たくなっただけだから」
「もう、またぁ!! そんなことばっかり言うんだから快斗くんは!!」
「──マジなのにな」
俺は彼女の腰に手を回し羽交い締めにしてしまう。ほら、もう逃げられない。傘が風に飛ばされていった。
「ちょ、ちょっと快斗くん、一体何っ…」
じたばたとする彼女をもう離さない。そっと彼女の顎に手を添えてあと数センチの位置で彼女を見つめた。戸惑う瞳が目の前にある。
「逃げないのか? 今逃げないと、俺キスしちゃうけど」
彼女の瞳に雨が落ちる。
もう限界。
宣言どおりに彼女の唇に触れた。軽く一度。そうして離してもう一度。もっと深く深く彼女に酔っていく。
けれど目を閉じた瞬間、フラッシュバックするいつかの彼女の声。
『新一が好きなの…』
そして、さっき会ったアイツの声。
『また待っててくれって言うのか? あんな待たせて、またこれからも待っててくれって。んなこと、言えるわけねぇだろ!?』
俺はその真ん中に立っている。
二人の心の内の切なさが俺の切なさになって痛くて辛くて。
唇を離す。
腕を解く。
「ごめん」
と一言。
俺はどうしたらよかったのかな。
そもそも何もしなかったらよかったのかもな。
「今の、なかったことにしてくれる? 俺、蘭ちゃんと会えなくなるのヤだしさ」
軽薄な口ぶりで言って、笑って見せた。
「ずっと友だちでいたいからさ──」
言うだけ言って答えに耳を塞ぎたかった。
今すぐここから立ち去りたくて彼女に背を向けた。
雨はずっと降り続いている。
俺は俺のこの気持ちに名前をつけない。ずっとこのままでいい。傍らで君が笑っていてくれるなら、本当にそれだけでよかったんだ。
──と雨音で気づかなかった。
雷で打たれたように俺の背中に熱さが走る。
「……蘭ちゃん?」
背中のジャケットを掴む彼女の両手に驚きを隠せない。
「…なんで」
「聞かせてよ」
「……?」
「快斗くんのその気持ちの名前を」
「………え?」
「わたしだって快斗くんに笑ってて欲しいんだよ?」
振り返って見た彼女の笑顔を俺は忘れない。
この気持ちの名前がなんであろうともう構わない。俺はただ返って来たこの想いを受け止めるだけ。
そうして俺はもう一度君を抱きしめる。飛ばされた傘の行方など、もうわからなくなってしまった。
Fin
(管理人より)
こちらの作品はななみんさんが06年1月の
インテックス大阪でのイベントで配布されていた作品です。
わがまま言っていただいてしまいました。
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