*『銀翼の奇術師』ネタです。ネタバレが困る方はご注意下さい。
「どうも、工藤新一です」
皆が息をのむ。 視線が、吸い寄せられる。 どよめきと賞賛の声。
けれど。 その瞬間……きっと、私だけが解った。
「……久しぶり」 「…………」
汐留センタービルの展望台から劇場へと向かうエレベーターの中で 一番逢いたくなかった人物と二人きりになった蘭は 息をつく事も出来ず、身体を強ばらせていた。
『せっかく新一君が帰ってきたんだから』と気を利かせた園子が コナンの目を盗んで、蘭と新一二人をエレベーターに押し込めたのだ。
ドアが閉まる瞬間、片目を瞑って笑ってみせた園子は まさか新一が偽者だなんて夢にも思っていないのだろう。 親友らしい心遣いを、今回だけは恨めしく思いながら 数ヶ月ぶりの出会いに、ぐっと拳を握りしめる。
牧樹里が、キッドの予告状を持って小五郎を訪れた時から こんな事になるのではないか、と心のどこかで恐れていた。
「やっぱ、君は騙されてくれなかったな」
どこか余裕を感じさせる、声。
もちろん、彼は一度中森警部に『工藤新一』であると認められている。 このビルに溢れる警官達も、新一を知っている園子や小五郎でさえ それを疑う事はないだろう。
けれど、自分が……新一の幼なじみである蘭が『彼は新一じゃない』と公言したなら? 怪盗キッドと、実際に何度か対峙した事のある自分が、『あれはキッドだ』と告げたなら?
それとも、彼は蘭がそんな事をする筈がない、と タカをくくっているのだろうか?
これまでにも、キッドは蘭の前に姿を変えて何度か現れた。 その時、騙されたのは一度だけ。
それが、自分の一番逢いたくて逢えない人物、工藤新一の姿だった。
『貴方なんて…大嫌いよ…』
一瞬とはいえ、憎しみと呼べる程の感情を誰かに抱いたのは、あれが初めてで。 何度、そう繰り返しただろう? 何度、そう呟いただろう?
それでも彼は変わらず、こうやって自分の心を揺さぶる。
視線は床に落としたまま。 動揺をさとられない様に、低い声で告げた。
「…今すぐ、その変装を止めて」 「それは困る。オレの目的はまだ達成されてないんでね」 「運命の宝石は…」
そう簡単に盗らせたりしない、と続けようとした蘭に キッドは意味深に笑いかける。
「それもあるけど、一番の目的はそれじゃない」
キッドの目的。その姿で、何を? まさか…『新一』に関わる何か?
─それだけは、絶対に許せない。
「私……話すわよ?中森警部に貴方の事」
顔を上げて、必死に目の前のキッドを睨み付けた。 けれど、キッドは優しそうに、愛おしそうに自分を見つめるだけ。
どうして、そんな瞳をするの?
心臓が激しく脈打つ。 堅く握りしめた筈の拳が震え出す。 動けなくなった蘭にゆっくりと近づいたキッドは その手を取って自分の頬へ押し当てたあと、掌に口づけた。
「…いいよ」 「え?」 「蘭の好きに、すればいい」
そこでエレベーターの扉が開く。 そのまま、キッドは警官達が控えているステージ裏へと向かってしまった。
動けないでいる蘭を残して。
|
|
|
|